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最高裁判所第一小法廷 昭和46年(あ)1876号 判決 1975年12月25日

主文

原判決を破棄する。

本件各控訴を棄却する。

原審における訴訟費用のうち、証人河野末治に支給した分を除き、その余の二分の一ずつを各部告人の負担とする。

理由

検察官の上告趣意第一点は、判例違反をいうが、所論引用の判例はいずれも事案を異にし本件に適切ではなく、同第二点は、単なる法令違反、事実誤認の主張であつて、すべて刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

しかしながら、所論にかんがみ職権をもつて調査すると、原判決は、以下に述べる理由により、結局破棄を免れない。

すなわち、本件公訴事実につき、第一審判決は、各被告人の暴力行為等処罰に関する法律違反の事実を認定し、各行為が正当行為である等の弁護人の主張はすべて理由がないとして、各被告人を有罪としたものであるところ、原判決は、第一審による構成要件該当事実の認定及び罪条の適用には誤りはないが、各行為は実質的違法性を欠いて罪とならないとして、第一審判決を破棄し、各被告人を無罪としたものである。ところで、原判決が第一審判決の認定を是認した事実関係の要旨は、

被告人両名は当時東北大学学生であつた。東北大学は、最高審議機関である評議会の審議、決定に基づいてその移転統合計画を推進しており、当初昭和四一年度に農学部を予定地に移転させるとの線に添つた昭和四一年度予算の概算要求を昭和四〇年七月二〇ころまでに文部省に提出する考えでいたが、農学部教授会が移転予定地は研究用地として不適当で少なくとも五年間は移転できない旨を表明していたため、大学首脳部は、農学部移転問題と昭和四一年度予算の概算要求のための各学部移転予定地の「仮地割決定」とを昭和四〇年七月一七日の評議会に付議することを同月一四日に決定した。その際農学部が早急に移転できないことは了承されていたものである。大学の推進している移転統合及び先に行つた教育学部教員養成課程分離に対して反対抗議行動を展開していた学生らは、同月一三日に開催された評議会にあたり、評議員を取り囲んで評議会会場への入場を遅らせたり、学長室から評議会会場に通じる秘書室に多数立ち入つて学長の評議会出席を妨げ、事態収拾のため行われた学長会見において約束の時間経過後も執拗に追及して学長を放さなかつたりしたのであるが、一部教官から一七日の評議会において本地割決定がなされるとの誤つた情報の提供を受け、先に教育学部教授会の意思統一のないまま教員養成課程分離が評議会で決定された前例もあるので、一七日の評議会で農学部の意向を無視した移転決定と最終的な本地割決定が強行されるものと観測して集会を開き反対抗議を行つていた。そこで、会議設営担当の大学事務当局は、一七日にも一三日と同様な学生の行動が予想されると考え、会議の円滑な進行が妨害されるのをおそれ、警備員の手薄をも考慮して、学生らが大学本部二階廊下に立ち入るのを避けるため、同月一六日本部二階庶務課の廊下に遮断扉を新たに設置したところ、(一)被告人佐藤は、新設扉が学生らの大学当局に対する抗議を物理的に封じようとしたものであるとして、事務局長曾我孝之に対しその設置について階下ホールに集まつた学生の面前で説明せよと要求し、これを拒否する同人を学生多数の集まつた階下ホールに連れ出そうとして、同月一七日午後三時五〇分ころから午後四時三〇分ころまでの間、東北大学本部二階の事務局長室において、他の学生らとともに口々に「椅子ごと下に持つてゆけ。」と叫び、意思を共通にした数名の学生が事務局長の腰かけていた応接用ひじ掛椅子を持ち上げようとして揺り動かして前に押し倒し、同人がすぐ立ち上がつて脇の応接用テーブルの上に廊下側を向いて腰を掛け、左手でテーブルの縁をつかみ、右手に持つていたボールペンを振りまわし、近寄る学生を振り払つて学生らに連れ去られまいと抵抗したところ、被告人佐藤は「テーブルごと持つてゆけ。」と叫び、これに同調した数名学生がテーブルの両端に手を掛け、テーブルごと持ちあげようとしてテーブルを廊下側に傾けて倒し、床上にずり落された事務局長が応接用ひじ掛椅子に腰かけ、評議会に出席するので行かせてくれとか、正式な手続をとれば学生代表と会見するとか申し出たのに対し、被告人佐藤ら学生はこれを承知せず、あくまで階下ホールに集まつている学生の前に出て釈明せよと要求し続けた。その間被告人藪田は、被告人佐藤の前記の呼掛けに同調し、他の二、三名の学生とともに、応接用ひじ掛椅子(ベアリング付)に腰かけていた同局長を椅子ごと廊下出入口方向に向けて出入口敷居の近くまで押し出し、同局長が学生の力が緩んだすきに両足を床に踏ん張つて元の位置に押し戻すと、再度他の数名の学生とともに同局長を椅子ごと廊下方向に向けて二、三歩押し出した。(二) 被告人佐藤は、学生らが同局長の机上を勝手にかき回して発見した書類を学生の思想調査をした文書であると速断し、庶務課総務掛長根立満からこれを取り上げようとして、同日午後五時ころ、事務局長室において、「下に連れて行つて書類を出させろ。」と叫び、根立を取り囲んでいた二、三の学生が同人を両脇から腕組みし、後から押すなどして局長室廊下側入口付近まで引きずり出した。同人が連れさられまいとして入口に坐りこみ、なおも書類を取られまいとしてズボンのポケットを押さえていたところ、被告人佐藤は、根立を取り囲んでいた他の学生らとともに口々に「立て。」、「立て。」と叫び、自ら先頭になつて無理矢理に同人を立たせ、二名の学生が両脇から腕を組んで同人を持ち上げ、他の学生が同人の後からズボンのバンドをつり上げて、ずるずると二階廊下を階段の降り口付近まで引き出し、さらに同所から二、三名の学生が加わつて同人の足をつかんで持ち上げ仰向けにしたまま宙に浮かせ、二十数段ある階段を運び降ろし、村上学生部長、石井庶務課長を囲んで多数学生が集まり騒然としている階下ホールの床上に手を離して同人を降ろした。被告人佐藤は、ホール内に集ままつていた学生一同に向かい根立を指示して、「今二階の事務局長室で我々学生の思想調査をした書類を見つけたが、この男がズボンのポケットの中に入れて持つておる。出させなければいけないと思うがどうか。」と呼び掛け、ホールに集まつていた学生らが口々に根立に対し、「出せ。」、「出せ。」と要求したが、同人が床上に坐つたままこれに応じなかつたところ、被告人佐藤は、村上学生部長と石井庶務課長に対し、根立に書類を出すよう命令せよと要求したが、同人らから拒否されるや、東北大学自治連合会書記長横田有史、松本某ら数名の学生と階段の下に集まつて相談のうえ、学生一同に向かい、「何としてでもここで取らなければいけないと思うがどうか。」と呼び掛け、集まつた学生らも賛同した。そこで被告人佐藤は、根立に対し、「三分間の猶予を与えるからその間に書類を出せ。」と命じ、自己の腕時計によつて一分、二分と時間を知らせ、三分経過後「三分たつたが出すのか、出さんのか。」と言つて根立に書類の提出を求めて詰め寄り、同人が「疲れた、疲れた。」と手を振りこれを拒否すると、被告人佐藤は、「取れ。」と他の学生に号令を掛けて根立に近づき、周囲にいた一〇名位の学生が根立を取り囲み胴上げするようにして抱え上げ、二、三メートル移動した位置において、ズボンのポケットから右文書を取り上げた、

というものである。右被告人らの各行為は、法秩序全体の見地からこれをみるときは、原判決の判示するその動機目的、その他諸般の事情を考慮に入れても、なお、到底許容されるものとはいい難く、刑法上違法性を欠くものではないというべきである。したがつて、実質的違法性を欠くとして無罪を言い渡した原判断には法令の違反があり、これが判決に影響を及ぼし、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものであることは明らかである。

よつて、刑訴法四一一条一号により原判決を全部破棄し、なお第一審判決は当裁判所の判断と結論において一致しこれを維持すべきものであるから、同法四一三条但書、四一四条、三九六条、一八一条一項本文により裁判官全員一致の意見をもつて、被告事件につき主文のとおり判決する。

(下田武三 藤林益三 岸盛一 岸上康夫 団藤重光)

検察官の上告趣意<省略>

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